あ阿亜

「中庸な観点から事象を観測することが肝腎である。」

…を簡単に言うと、

公平な立場から物事を見ることが大切です。

になります。

 

この「簡単に言うと」という手順を踏めない人が非常に多いですね。

 

「文章を書く時、極力簡単な言葉を使う」というのは僕がブログを書く時に心掛けていることです。

「ただ難しい言葉を知らないから簡単な言葉を使っているだけじゃないの?」というツッコミは正しいです。僕はそこまで難しい言葉を知りません。

では逆に、「簡単な言葉を知らないから難しい言葉を使う」のはどうでしょうか?

そして、「難しい言葉を知らず簡単な言葉でしか話さない人」と「簡単な言葉を知らず難しい言葉でしか話さない人」だったら、どちらの方が聞き取りやすく、分かりやすいでしょうか。

 

勿論前者ですね。

ちなみにベストなのは「難しい言葉を知った上で簡単な言葉で話す人」です。

 

つまり、どのケースにしろ「難しい言葉でしか話さない人」は他人に理解されにくく、また読む(聞く)側がダレることが分かります。

現代文の長文とかで「この文作った奴誰だよ」と殺意が沸くような問題がありますけど、難しい言葉でしか話さない文はまさにそれに近いものがあります。

 

ただし、そのような現代文の長文は受験生含む一般大衆向けではなく、その手の話題について興味がある、もしくは詳しい人達向けに書かれている場合が大半で、そもそも幅広い層が読みやすくするようには書かれていません。

 

例えばポケモンの記事だと、「AS」「極振り」「縛れる」「展開」「サイクル」のような専門的用語、かつ一般の方が聞いても意味が分からないような単語が羅列してあります。

これは現代文の長文でいうところの「難しい言葉」に該当しますが、ではそれ以外で「これに勝てたのは僥倖だった」「この簡抜は誤謬」「自分の考えは環境から乖離している」みたく、ポケモンに詳しくても言葉の意味が分からない部分があると、読む側は「え?なんて?」ってなります。(なんとなく漢字の雰囲気からニュアンスは伝わるかもしれませんが、"なんとなく"だけで伝わると筆者と読者の間の認識がズレる可能性があります)

 

現代文の長文も、まぁ確かに意味分からん所は意味分からんのですが、専門的な部分を除いては比較的簡単な言葉が使われています。というか、そうしないと読む側に自分の意思を伝えられないですよね。

 

それと同じで、例えばポケ勢のコラムとか構築記事とか構築を組む際の考え方とか理論とか。そういったものを投稿するのは良い事ですしもっとやってくれと思いますが、その記事を読んだ人がちゃんと理解出来るような記事にしないと、読む側も書く側も無駄足ですよね。

 

僕は簡単な言葉で話してるつもりなのに相手に伝わらない~」と嘆くのは、相手が人間以外の生物でもない限り自分に非があると思ってください。「自分は難しい言葉の意味をそのまま覚えてそのまま使うバカの一つ覚えと申します。」って自己紹介してるようなもんすよ。